2022.8.12 改正法について

神戸地方検察庁の喫煙所について

以下、兵庫県弁護士会会報(第245号 2022年7月発行)に載せた拙稿である。「当会」とは兵庫県弁護士会のことをいう。

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1 はじめに

神戸地方検察庁の敷地内に喫煙所(以下「本件喫煙所」という。)が設置され、そこにおける喫煙行為から発生した副流煙が当会会館の事務局に流入するという問題が指摘されている。(1)

(撮影日 2022年5月2日)

結論を先に言うと、本件喫煙所は、
厚労省の通知に基づき是正するべきである
ということになる。

2 第一種施設は敷地内禁煙

健康増進法(平成十四年法律第百三号)の改正法が2019年から2020年にかけて順次施行され、受動喫煙対策が強化された。
その中で「国及び地方公共団体の行政機関の庁舎」は「第一種施設」として敷地内禁煙とされている(法28条5号、29条1項)。建物内禁煙ではない。屋外も含めた敷地内禁煙である。
よって、検察庁も「国の行政機関の庁舎」である以上、敷地内禁煙になる。(2)

3 「特定屋外喫煙場所」とは

ただし、「行政機関の庁舎」であっても、「特定屋外喫煙場所」は喫煙可能になる(法29条1項)。これは「第一種施設の屋外の場所の一部の場所のうち、当該第一種施設の管理権原者によって区画され、厚生労働省令で定めるところにより、喫煙をすることができる場所である旨を記載した標識の掲示その他の厚生労働省令で定める受動喫煙を防止するために必要な措置がとられた場所」のことを指す。

この「特定屋外喫煙場所」の要件は、健康増進法施行規則15条において詳しく定められている。すなわち
一 喫煙をすることができる場所である旨を記載した標識を掲示すること。
二 第一種施設(注:行政機関の庁舎を含む)を利用する者が通常立ち入らない場所に設置すること。
とある。この規則の文言を見ると、本件の喫煙所は一応の要件を満たしているとも考え得る。

しかし、平成31年2月22日付厚生労働省健康局長による通知「健康増進法の一部を改正する法律」の施行について(受動喫煙対策)(3) によれば、
① 特定屋外喫煙場所を設置する場合には、近隣の建物に隣接するような場所に設置することがないようにするといった配慮をすることが望ましい。
② 第一種施設については、受動喫煙により健康を損なうおそれが高い者が主として利用する施設であることから敷地内禁煙とすることが原則であり、本措置が設けられたことをもって特定屋外喫煙場所を設置することを推奨するものではないことに十分留意すること。
と規定されている。令和2年3月2日付け人事院事務総局職員福祉局長による通知「職場における受動喫煙防止対策及び健康確保に係る取組について(通知)」にも同趣旨の定めがある。(4)

上記①の趣旨は、敷地外の近隣建物の利用者に受動喫煙被害を及ぼさないことであると考えられる。とすれば、本件喫煙所から「近隣の建物」たる当会会館の内部に副流煙が流れてきている以上、①に違反している状況と言える。
また②の内容より、あくまで第一種施設は敷地内禁煙が原則であり、特定屋外喫煙施設の設置は謙抑的であるべきというのが国の態度であると解される。「近隣の建物」に被害をもたらしている現状に鑑みれば、本件喫煙所は廃止されることが通知の趣旨に合致する。

この理は、本件喫煙所における喫煙可能時間を限ったとしても(たとえば昼休みのみ喫煙可としたとしても)変わらない。もともと受忍限度論を排するべき事柄について、時間帯を区切れば受忍限度論が適用するという理屈は通らないためである(環境型セクシュアルハラスメントは許されないという議論をするにあたり、昼休みのみ下ネタを認めようという議論はあり得ないのと同様である)。

4 結論

行政機関の通知は、法令の解釈を補充するものと一般に理解されている。とすれば、本件喫煙所は健康増進法及び規則の形式的な文言には違反しないように思われたとしても、これを廃止するのが法の趣旨に合致する。少なくとも検察庁には違法か適法かのギリギリのライン上をふらふらするようなことはしてほしくない。広く世間の尊敬を集めたいと考えるのであれば、本件喫煙所を廃止するべきである。(5)

5 おわりに

WHO(世界保健機関)が世界各国のタバコ政策を定期的に評価しているが、公共の場での喫煙規制について、日本は長年4段階中の最低ランクであった。2020年4月施行の改正健康増進法によりこれが1ランク上がったが、世界的にみればきわめて低水準であると言わざるを得ない。(6)
新型コロナウイルスに関しても、喫煙者のみならず受動喫煙を受けた者も、その脆弱性が指摘されているところである。(7)
言うまでもなく、受動喫煙というのは、セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントと同様、人間関係の中で生じる典型的な人権侵害である。検察庁という何より人権問題に鋭敏である官庁ならば、当会会館の職員や利用者に対して受動喫煙被害をもたらすことの問題点について必ずや理解を得られるものと信じている。

 

<参考文献>
(1) 毎日会長49(2021年5月18日付け 津久井進前会長)、毎週会長5(2022年4月25日付け 中上幹雄会長)
(2) なお当会会館は2014年3月から敷地内禁煙を実現している。つまり改正健康増進法が成立するよりも前であり、これは当会が全国に誇ってよい事柄である。またしばしば誤解されるが、私が当会副会長であった2014年度よりも前のことである。
(3) 健発0222第1号 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000483545.pdf 6ページ
(4) 職職-101 https://www.jinji.go.jp/kenkou_anzen/kitsuen02.pdf
(5) なお裁判所は「第二種施設」として健康増進法上は屋内禁煙が求められるに過ぎないが(敷地内禁煙までは求められない)、改正法の施行に先立ち、全国の裁判所について敷地内禁煙を実施した。その英断には敬意を表したい。
(6) 「WHO REPORT ON THE GLOBAL TOBACCO EPIDEMIC、 2021」のANNEX1に各国の調査結果がまとめられているところ「SMOKE-FREE ENVIRONMENTS: SMOKING BANS」の項目で日本は4段階中の下から2番目である(同150ページ)
(7) 「WHO REPORT ON THE GLOBAL TOBACCO EPIDEMIC 2021」51ページ

藤原 唯人(ふじわらただと)

本サイト作成者 弁護士 藤原 唯人 (ふじわら ただと)

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兵庫県弁護士会所属(2000年登録)
神戸パートナーズ法律事務所
(神戸市中央区)にて執務
http://www.kobepartners.net/
日本タバコフリー学会会員